読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ドン・ウィンズロウ「ザ・ボーダー(下)」

 

 

 

ザ・ボーダー 下 (ハーパーBOOKS)
 

 

 

   下巻にうつって、物語は一気に減速する。この印象は、あくまでも個人的なものなのだが、それがすべてなので書かずにおれなかった。麻薬カルテル撲滅という百万年たっても勝つみこみのない戦いに決着をつけるべく、我が身を犠牲にしてまで挑み続けるアート・ケラー。対するカルテルは、内部分裂ともいうべき混乱状態にあり、互いの寝首をかこうとそれぞれの組織のトップがしのぎを削っている。

  この本来なら緊張感ただならない張りつめた空気の中で、しかし世界は正念場ではなく、サブのストーリーを描いたりする。それも効果を狙ってのことなら、大きく溜飲も下がるのだがそうでもない。

  アート・ケラーは、孤高の存在だ。彼は、常套を履行せず自分の信念のままに行動し、信じる道を貫きとおす。それは、周囲を大きく呑み込みどんどん世界は、淀んでゆく。それでも彼は怯まない。ここらへんの呼吸は、かの半沢直樹かと見紛うほどである。

 しかし、その姿勢が物語を弛緩させる。「犬の力」や「カルテル」で感じた獰猛な肌触りは鳴りをひそめ、カットバックの手法で描かれているにもかかわらず、そこにカタストロフは皆無だった。

 だから、ぼくとしては大いに腰砕けの印象をもった。いや、それでこのサーガの評価が下がるかといえば、そうでもないんだけどね。でも、この長大なシリーズをこれから読もうと思われている方、ぜひ、「犬の力」から順を追って読み進めていただきたい。それが、もっとも正しい道なのであります。