読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

中井英夫「虚無への供物」

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この本を読んだのは、もう17年も前のことでした。

当時、色々読んだこの本の書評ではアンチミステリだの、反世界的だの、オカルティズムへの傾斜だのと

書かれていたんで、正直ちょっと身構えて読みはじめました。

開巻早々、ゲイ・バーでの「サロメ」があり、畏れていた雰囲気そのままだったんでちょっとビビりまし

たが、読み進むうちにそんな印象は微塵もなくなりました。

おもしろい。異常なくらいおもしろいんです。この分厚さが、まったく気になりませんでした。

読んでみて、まず驚いたのがその偏執的なまでの凝りよう。

四つも出てくる密室もさることながら、その事件が起こるたびに素人探偵たちが集ってくり広げる推理合

戦がかなり読ませます。

もう、めくるめくばかりのあらゆるトリック、動機、犯人像と、これだけで十作はミステリが書けるんじ

ゃないかと思えるほどのアイディアが出てくるんです。

かの、モース警部も顔色なくすほどの様々な解釈が生まれ、それに振り回されている登場人物を笑いなが

ら読み進むうち、本当に弄ばれているのはこの本を読んでいる自分なんだと気がついて愕然としました。

まったくこの本を読んでいると、歪んだ鏡張りの部屋に入ったような陶酔にも似た酩酊状態に陥ってしま

うんです。

これでもか、これでもかというぐらいに叩きつけられてくる事件の真相は、ほんとうの終結を迎えて衝撃

をよびます。全編に漂うほのかなユーモアが、ラストの真相に到って見事に反転し、なにかしら説明のつ

かない異様な戦慄となって感じられてくるんです。

本書は、無類におもしろいミステリ、いや探偵小説である反面、時代を反映した日本の悲劇でもあったん

ですね。

かの文春ミステリーベスト100の国内編で、第二位だったのも頷けます。ぼく的には一位でもいいくら

いだ。

なんせ、その時の一位だった「獄門島」は、いまだに読んだことないんですから。


余談になりますが、この「虚無への供物」は日本ミステリ界の三大奇書と称せられています。あとの二冊

は、夢野久作ドグラ・マグラ」と小栗虫太郎黒死館殺人事件」。いまはこれに竹本健治「匣の中の失

楽」を合わせて四大奇書ともいわれています。残念ながら、この中で読んでいるのは「ドグラ・マグラ

だけです。そのうち、残る二冊も制覇したいと思っているのですが、なかなかタイミングがあわないんで

す(笑)。