読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

トム・リーミイ「サンディエゴ・ライトフット・スー」

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 この人、日本では不遇な作家だと思います。

 なかなか全貌が明らかにならない。この本も、変な本が多かったサンリオSF文庫の中で数少ない傑作本だといわれながら、復刊もままならず(福武書店撤退しちゃいましたからね)いまだに入手しにくい状況になっています。

 というわけで、興味のある人に向けて、ここで本書に収録されている全短編の簡単な寸評書いてみたいと思います。


「トウィラ」
 魔性の子を扱った作品。中盤からキングの初期短編のようなB級映画ノリになってくるので驚いてしまいます。単純明快な筋運びに、性的幻想をからませた佳作。とても読みやすく、以後の作品に期待させる仕上がり。


「ハリウッドの看板の下で」
 ハードボイルドタッチなのかなと思っていると、なにやら怪しげな雰囲気になってきて、ああ、そういう展開なのかと驚きました。やおい系には堪らない内容になっております。しかし、イメージ的には鮮烈。だって、死を滋養にして孵化する天使だなんて。それに孵ってみたら、腐っていたなんて・・・。
夜のように完璧な作品です。


「亀裂の向こう」
 閉塞的な村でおこる惨劇。食人鬼と化す子どもたち。デモーニッシュな雰囲気のなかで、物語は終結をむかえず閉じられてしまいます。短いながら、夢に出てきそうな血の祭り。いってみれば、使い古されたテーマなんですが、カーペンターとロメロの合作映画みたいで、衝撃度は充分です。


「サンディエゴ・ライトフット・スー」
 本書の目玉。これはいい。無条件で好きです。45歳の女性と15歳の少年の恋愛なんて、いったいどんな風に描かれるんだと眉唾ものだったんですが、ほんと素晴らしかった。二人の恋の行末は、予想通りの結末を迎えるのですが、そうわかっていてもいい余韻を残します。これが、ジャック・フィニィの手になる作品だといわれても納得してしまうでしょう。完成された作品じゃないのに、ケチをつける気になれません。

「ウィンドレヴン館の女主人」
 匿名で書いたロマンス小説「ウィンドレヴン館の女主人」が大当たりになったアグネスだったが、彼女は失業中の夫との仲がうまくゆかなくなり、次第に自分の描く物語の中に自分を投影し、やがては物語の中に取り込まれてゆく。作中作を使った作品だが、イマイチかな。

「ディノサウルス」
 舞台はクライシス後の地球なのでしょうか。人類も環境もかなりの変貌を遂げています。タイトルから、恐竜でも出てくるのかと安易に考えていたら、出てきませんでした。本書の中で、真っ当なSFらしい設定なのは、本作とラストの作品のみ。この作品には、大きな物語の断片を切りとったような印象を受けました。


「スウィートウォーター因子」
 バカバカしい話。人類の愚かさを皮肉っています。ある日突然~が、といったSF作家がスランプに陥ったときによくやる手口で話は始まり、ある意味壮大な物語になっていきます。でも、ある日、突然巨大な『鼻』が出現するなんて・・・・。


「デトワイラー・ボーイ」
 これこそ、正真正銘のハードボイルド。私立探偵である主人公の友人が殺され、それを機に最近続発している自殺や事故死に関与しているらしい人物が浮かび上がってきます。しかし、その人物を知る人はみな口をそろえて、彼がそんな犯罪をおこすわけがないという。渦中の人物の描写から、読者はある程度の推測ができると思います。ちょっと変格の○○○物ですね。匂い的には、スタージョンに似ています。


琥珀の中の昆虫」
 大雨に巻き込まれた人々が辿りつく大きな館。孤立した状況で起きる『そして誰もいなくなった』風のミステリか、はたまた『山荘綺談』風の幽霊屋敷物なのかと、定番の展開に期待して読み進めると微妙にかわされてしまいます。なるほど、そうくるかぁ。まさしく『ミステリー・ゾーン』そのままの話なんだ。


「ビリー・スターを待ちながら」
 短い作品。砂とホコリにまみれた食堂。恋人を待ち続ける女。ジュークボックスから流れるテネシー・ワルツ。道具立てがそろって、郷愁にも似たせつなさが残ります。


「二○七六:青い眼」
 映画用の台本なのかな?まず、物語の設定とあらすじが紹介され本編が始るんですが、尻切れトンボで終わっています。ラストで、母親のノドが掻き切られる場面は、ちょっと衝撃的。嫌な気持ちになりました。SF映画では、よくある使い古された設定の物語なのですが、この先話が続いていけばどういう驚きが待っているのだろうと、ちょっと期待しました。


 というわけで11編出そろいました。読む前の期待とは少し違う感触ですが、なかなかおもしろかった。

 全編通して読んだ印象は、いい意味での古臭さでしょうか。白黒テレビ時代のSFっぽい大雑把さ、もしくは出たとこ勝負的な大らかさとでもいいましょうか。

 だから、本書はいまの時代にはレトロすぎて、どこの出版社も二の足ふんじゃうんじゃないでしょうか。

 でも、表題作は消えて欲しくない作品ですね。何かのアンソロジーにでも入れて復活させて欲しい。

 ぼく的には、この表題作と「ハリウッドの看板の下」がいろんな意味で衝撃的でした。