日本SF長編の金字塔であり、SF黎明期に登場し後の作家たちに多大な影響をあたえた大傑作SFが本書「マイナス・ゼロ」です。
著者の広瀬 正は、不幸な作家でした。長い不遇の時代を経て、ようやく世間に認められた矢先、取材先で心臓発作を起こして亡くなってしまいます。直木賞に三度もノミネートされたにも関わらず、SF不遇の時代だったために受賞を逃し、それでも、ようやく人気が出てきて、さあこれからという矢先の突然の死でした。
現在、彼の作品は絶版になっています。なぜでしょう?これほどの作家が忘れられていいわけがありません。当時、彼の作品は全集としてすべて集英社文庫から出ていました。
全6冊。それぞれの解説者の顔ぶれをみて、誰もが驚くことでしょう。
第一巻「マイナス・ゼロ」(解説 星 新一)
第二巻「ツィス」(解説 司馬 遼太郎)
第三巻「エロス──もう一つの過去」(解説 小松 左京)
第四巻「鏡の国のアリス」(解説 井上 ひさし)
第五巻「T型フォード殺人事件」(解説 石川 喬司)
第六巻「タイムマシンのつくり方」(解説 筒井 康隆)
どうですか?この顔ぶれからみても、この広瀬 正という作家がどれだけスゴイ作家なのかがうかがえるというものです。
さて、前置きはこのくらいにして、本書の内容にいってみましょうか。
本書の主な舞台は、戦時中の東京です。昭和初年の東京が眼前に広がります。
『昭和38年、主人公である浜田俊夫は、18年前の大空襲時に行方不明になっていた隣家の娘伊沢啓子と再会する。啓子は、失踪した当時のままの年齢だった。彼女は戦火を逃れて、タイムマシンにのって現在にやってきたという。俊夫はタイムマシンにのって過去へ向かうが、予定していた年代にはつかず、違う時代にタイムトラベルしてしまう。』
導入部だけ紹介するにとどめます。この作品、タイムマシンが引き起こす混乱に各登場人物が翻弄され、要約では、説明しきれない内容になってるんです。様々な問題が起こり、幾人かがタイムトラベルすることによってパラドックスがうまれ、あらゆる要素が伏線となりラストですべてが整然と解決されます。
緻密に計算されていて、すべてが収まるべきところに収まるところなど並のミステリ以上に大きなカタルシスを得られます。
かてて加えて、この作者の描く昭和初期のノスタルジックな描写の素晴らしさはどうでしょう。これは、本書のもうひとつの魅力でしょうね。
ぼくは、この作品以外の広瀬作品はまだ読んでいません。これ一冊きりです。他の五冊もすべて所有していますが、もったいなくて読めないんです。読みきってしまうのがこわい。それほど、この作家は素晴らしい。先にも書いたように、本書は現在絶版ですが、手に入れるのはそれほど難しくないと思いますので、未読の方は是非読んでみて下さい。強く、強くオススメ致します。