読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

イエールジ・コジンスキー「異端の鳥」

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 地獄巡りです。

 戦争の悲劇を、ヒューマニズムをいっさい排した残酷さで描いています。

 一人の少年の目を通してのぞき見る世界は死に満ちあふれ、人間の尊厳や道徳なんか、これっぽっちもありません。過酷なサバイバルの世界でした。その過酷な世界を生き抜いた少年は、壊れてしまいます。多くのベトナム帰還兵がそうだったように。

 行き着くところは、やはり戦争は狂気の沙汰だということなのです。

 本書にはほとんど会話文が出てきません。ということは、読者は常に少年の内面と対峙しているということになります。少年が感じるままに、狂気の世界を体験するわけです。

 でも、ここで奇妙なことに気づきます。

 描かれる場面は凄惨なのに、それをリアルには感じないんです。

 なぜかというと、少年があまりにも冷静なんです。彼の冷静さというか、落ち着きは読んでいる我われの逆上を許しません。そうやって進行していくうちに、こちらの感覚も麻痺してくる。丁度グリム童話なんかで目が刳り抜かれたり、首がポロッと落ちてしまってもあまり痛みを感じないように。そういった意味で、本来ならホラーにもなりかねない本書のショッキングな描写は、わが身に感じぬ痛みとなって、読者の上を通過してしまう。

 あまりにも残酷な描写ばかりが誇張されているきらいのある本書は、反面救いのない悲劇です。

 どうにもできないもどかしさを感じました。

 人間の業の深さに落胆しました。