読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

デイヴィッド マレル「苦悩のオレンジ、狂気のブルー」

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マレルといえば、映画「ランボー」の原作である「一人だけの軍隊」が有名ですね。

その他にも長編なら「石の結社」や「夜と霧の盟約」、「ブラック・プリンス」などといった冒険活劇的

な作品が多く、どうもこの作家は自分には合わないなと思っていたのですが、彼の長編で1作だけ「トー

テム」というホラー作品があったんで読んでみました。

確かにこの『吸血鬼+人狼』を扱ったホラーはおもしろかった。でも、それ以上ではありませんでした。

だから、デイヴィッド・マレルは、ぼくの中では補欠的な存在でした。

しかし、次に読んだ彼の短編で驚くことになります。当時新潮文庫で出た「ナイトフライヤー」というホ

ラー・アンソロジーに収録されていた「オレンジは苦悩、ブルーは狂気」という短編がそれです。

そう、本書の表題作です。

これを読んだ時は驚きました。鮮烈なイメージと、謎をメインに据えたミステリ的なプロット。アンソロ

ジーの表題作であるキングの「ナイトフライヤー」を顔色ならしめる傑作でした。

奇妙なタイトルそのままの狂気に彩られたある画家の秘密。謎を追う主人公にもからみつく狂気。

得体の知れない何かが待っているラストまで不気味な焦りが読者にも迫ってくるような作品でした。

マレルのホラーとしての本領は短編なのではないか?

いくばくかの期待を胸に、またマレルの短編が読める日を願って幾年かが過ぎました。

そんな彼の別の側面を発見したのが、最愛の息子をユーイング肉腫というめずらしい種類の癌で亡くした

経緯を描いた「蛍」でした。この本を読んだ時、ぼくは独身だったんで子を持つ親の気持ちをリアルには

感じることができなかったのですが、でも、マレルが味わったであろう最愛の息子を亡くすという恐怖と

悲しみは重いシコリとなって残りました。

胸をえぐるような経験を乗り越えたマレルの短編に再び出会ったのは、創元文庫から出た、これまたホラ

ーのアンソロジーである「999(ナイン・ナイン・ナイン)」シリーズでした。

これは、3巻に分かれているのですが、一冊が500ページ弱、三巻あわせると1300ページをこえるという

大アンソロジーで、マレルの短編「リオ・グランデ・ゴシック」は第二巻「999(ナイン・ナイン・ナイ

ン)―聖金曜日」に収録されていました。この作品、発端から鷲掴み状態で、ラストまでほとんど一気読

み。だって、道路に捨てられていた薄汚れた靴に足が入っていたってんだから、びっくりするではありま

せんか。

この作品を読んで確信しました。マレルの短編はイケル。余談ではありますが、このアンソロジー、他に

も目玉作品は色々ありまして、特に三巻目に収録されているランズデール「狂犬の夏」と、あの「エクソ

シスト」で有名なブラッティの「別天地館」は必読の傑作です。

話がそれました。そして、今回紹介するのがマレル初の中・短編集「苦悩のオレンジ、狂気のブルー」で

す。

まず、言いたいのがこの本500ページをこえる本なのに、価格が1995円と、非常にリーズナブルなん

です。どうして、こんなことが可能なのか?

その秘密は出版社にあります。本書を出版しているのは北海道に根拠をおく柏艪舎。この出版社は訳者の

育成にも力を入れていて、本書の訳者である 定木 大介氏も柏艪舎の翻訳学校に学び第一回インターカレ

ッジ札幌翻訳コンクールで最優秀賞を受賞した新人訳者さんなんです。だから、これだけのコストダウン

が実現したのではないでしょうか。需要者としてはうれしい限りです。

で、そこで気になるのが翻訳の出来なんですが、これは読んだぼくが保証いたします。まったく問題あり

ません。とても読みやすい。非常にこなれています。

で、ようやく本書の内容なのですが、中身もいい。特に後半の中編は、すべてハズレなし。表題作は言う

に及ばず「墓から伸びる美しい髪」、「慰霊所」などは忘れがたい印象を残します。

これら三編は、彼の心に深い傷を残した最愛の息子の死という体験が色濃く反映されていて、その悲嘆に

くれたつらい思いが読み手にも強く響いてきます。「慰霊所」など、特にそう思いました。

作品の順番も発表年代順になってるし、各編にマレル自身の簡単な作品紹介がついているので、作品成立

過程などもわかってとても興味深い。

とにかく、いたれりつくせりの本書はオススメです。