これは、いままで読んだ本の中でも3本の指に入る奇妙な作品でした。
まず、その世界観が目を引きます。
例えば開巻早々、主人公のコランが身支度している場面で、彼が拡大鏡に顔を映すと鼻翼のニキビがおのれの醜いさまを恥じて皮膚の下に逃げ込んでしまうし、洗面台の蛇口からはウナギが這い出してくるし、台所の電気オーヴンの調節メモリは『ほぼよろし』と『ちょうどよろし』になってるし、演奏する曲によって様々なカクテルを調合するカクテルピアノなんてのが出てくるし、と、こんな具合にヴィアンの創造する世界は、ファンタジーとも童話とも違う独特の世界になっているんです。
この珍SF的な、いってみればどことなくユーモラスな世界にヴィアンは唐突に残酷な出来事をからめていきます。大勢の人が簡単に死んでしまうし、ラストの貧しい葬儀の場面等はほんとに痛ましくて胸にせまります。この両極端である諧謔味と残酷さが変な具合にシャッフルされてとてもシュールな印象を受けます。頭で理解するより先に心が反応するような感じでしょうか。
そんな奇妙な世界で三組のカップルの様々な試練が描かれます。物語の終盤へ向けて、陽気な音楽が次第に音を外していくように彼らの運命は悲しみの一途を辿ります。
うう~む、もうヴィアンはこの1作でおなか一杯って感じなのですが、かといって否定する気もない。いいか悪いかと問われれば、6:4でいいという感じでしょうかね。どうにも奥歯にモノがつまった感じだ。隔靴掻痒的ともいえます。とてもビミョー。どちらにせよ、ボリス・ヴィアンという人は、常人離れした芸術家肌の人だったんだなぁと強く思いました。
なお、本書は「うたかたの日々」という書名で早川epi文庫からも出版されています。
訳をくらべてみるのも一興かもしれませんね。