もう十数年前の話である。
冬の土曜日の朝まだき、いきなり目が覚めた。
時計を見ると五時半。
なぜ、目が覚めたんだろう。でも、妙に胸がドキドキしている。変な夢でもみたのかな。
ぼんやりしていると、質感をともなった悪意が足元から吹きつけてきた。
足元に目をやると、誰かが立っている。
心臓がギュウと縮まった感じがした。
冬なので、まだ暗い室内。よく見えない。
でも、じっと目をこらすと、立っているのは男らしい。
頑丈そうな身体つきで、首から上がよく見えなかった。
男は指を鳴らしていた。
音は聞こえないが、中指と親指をこすりあわせている仕草は見える。
怖い。
なんなんだ、いったい。
身体も思うように動かない。
どうにか動こうとしていると、足元のふとんの上に寝ていた飼い猫のエルが目を覚ました。
エルは、はじめぼんやりしていたが、やがて、その幽霊らしきものに向かって威嚇しはじめた。
エルにも見えてるんだ。本当に、何かがいるのだ。
その時になって気づいた。
耳元で音がする。
ハァーッ、ハァーッと息を吐くような音。
そこで、はじめて理解した。
男の首から上が見えないんじゃなくて、首から上はないのだということを。
そして、その首が自分の耳元に息を吐きかけているということを。
恐ろしくて、顔を向けることが出来ない。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
何回も唱えた。
そうしていると、やがて男は指を鳴らしながら、ふとんのまわりをグルグルと歩きまわりはじめた。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
やがて、男は3センチだけ開いていた戸の隙間から出ていった。
同時に耳元の息を吐く音も聞こえなくなった。
怖くて、しばらく寝付けなかったが、そのうち寝てしまったらしい。
気がつけば朝だった。