読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

スティーヴン・キング「不眠症」

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 本書の設定で、まずおもしろいのが主人公が老人だということ。彼らのスローペースだが、ウィットを忘れないささやかな日常が描かれていきます。老人が日々思う事柄、思うように動かない身体、各々のレベルで維持される矜持。物語を追うにつれて、いつも通りのキングの執拗な書き込みにうれしくなってしまいます。

 日常が変異に侵蝕され、次第に様相を変えていくさまはいつものとおりなのですが、本書の感触は他のキング作品とは少し趣を異にしています。いったいどこが違うのか?

 いままでのキングのホラー作品といえば物語の構造が、かなり明確で白黒がはっきり対比されていました。しかし、本書は敵、味方、正義と悪の対比が曖昧にボカされています。

 読者は、登場人物と同じように何が正しいのか?何が間違っているのか?ああでもない、こうでもないと暗中模索しながら読み進めることになるんです。しかし、読了してわかることですが、本書は決して見切り発車で書かれた作品ではありません。というより、キングのどの作品よりも考え抜かれて書かれた作品なんじゃないかと思えるくらいです。様々な伏線が見事にラストで結実するところなど素晴らしいし、主人公ラルフが体験する、別次元の描写など付焼刃ではとうてい太刀打ちできない緻密さで描かれています。

 本書の重要なキーワードは「偶然」と「意図」。言いかえれば運命と宿命。この、あまりにも扱いにくい大きな命題を、キングは手をかえ品をかえアピールしていきます。

 そして、エピローグ。大団円を迎えたのにも関わらず、キングはこのエピローグに多くの枚数を費やします。ぼくは、このエピローグを読んで「タイムトラベラーズ・ワイフ」を読んだ時と同じ感動を得ました。残酷だけれど美しい。悲しいけど、ハッピーエンドなんです。

 というわけで、本書はキングの入門書としては決してオススメできる作品ではありませんが、彼と長く接してきた読者にとってはいい作品だったんじゃないかと思います。