読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ウーヴェ・ティム「カレー・ソーセージをめぐるレーナの物語」

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 本書を読んで、いったいカレーソーセージなる食べ物がどんな味なのか作って試さない人がいるでしょうか。それほど本書で描かれるこの魅惑的な食べ物は、あこがれと賞賛に満ちていますね。しかし出発点はカレーソーセージなんですが、そこからひろがる物語は終戦まぢかの二度目の大戦を舞台に、当時のドイツの一般市民の日常と戦争に囚われた人たちを描いて間然するところがありません。ミニマムな状況を描きながら、それをとりまく世界が自然と浮き上がって見えてくるところなどたいしたものだと思いました。

 語り手が自由自在に入れかわる手法も、とても新鮮でした。映画ではとても効果的に使われているこの手法を、これだけ大胆に小説にとりいれて成功している例をぼくは知りません。普通なら混乱しそうなものですが、本書ではとても自然に馴染めてしまう。ウマイですね。

 しかしこのレーナという女性、ヒロインとしてはいささか年くってるわけですが、とても魅力的だ。気風がいいというか、大胆というか、いいかえれば大雑把な性格ってことになるのかもしれませんが、戦争という混乱した時代で生き残っていこうと思えば、こういう性格でないとダメなのかもしれませんね。ひとつ本書を読んで驚いたのが、ドイツ市民の中にはナチス党員じゃない人もいたっていう事実です。主人公のレーナは、敗戦が決まってから新聞で報道されたアウシュビッツの惨状をみて、ショックを受けるんです。これがとても意外でした。そうなのか、そうだったのかと目からウロコの落ちる思いでした。

 とにかく、本書は良かった。ささやかながらとてもいい映画を観たような幸せな気持ちになれました。