ここでは、過去にみた夢のことを書きたいと思います。
時は中世。ぼくは十歳くらいのお姫様を連れて逃げている。
どうして逃げているのかは、わからない。夢だから、細かいところはあやふやだ。
身にまとっているのは、ボロ。顔なんか長旅の汚れで黒ずんでいる。
だが、二人はとうとう追手に捕らえられてしまう。
気がつけば、大きな石造りの部屋。牢獄ではないようだが、唯一の入口の木の戸の向こうに見張りの兵が立っている。
と、いきなりその木の戸が開いて、いじわるそうな王女と息子の王子が入ってきた。
かれらが言うには、わが姫が持っているはずのガラスの靴をよこせというのだ。
なぜかれらが、そのガラスの靴を必要としているのか?
それはこの城の王が長年足の病で、自分ひとりでは一歩も歩けなくなっているからなのだ。唯一、その病を治癒できるのが、そのガラスの靴だというのだ。
で、その靴なのだが王女と王子がいくら探してもこの部屋にないのである。そこで王女はぼくをとらえ、わが姫を脅しにかかった。
「どこにかくした!言わぬと、この男を殺すぞえ」 |
醜い顔をさらにゆがませながら、ぼくの首に短剣をつきつけ王女がわめく。
心やさしきわが姫は、いまにもガラスの靴のありかを言ってしまいそうである。
「だめです姫!言ってはいけません。わたしの命はどうでもいい。ガラスの靴は絶対にわたしてはいけません」 |
ぼくは、ガラに合わないセリフだなと思いながらわめいた。
ここで断っておくが、ガラスの靴はこの部屋にあるのである。それは、この部屋に唯一つある窓辺に置いてある黄色い液体の入った透明な器の中に入れてあるのだ。ガラスの靴なので、液体の中に入れるとまったくわからないのである。
また断っておくが、その黄色い液体が何であって、なんのためにそこに置いてあるのかはわからない。なにしろ夢なのだから。
王女はさらに、ぼくの首に短剣をくいこませてくる。うっすらと血がにじんできたのが自分でもわかる。それを見かねたのか、わが姫はとうとうその器からガラスの靴を取りだしてしまった。
ここのところが見ものだった。姫は、いままで涙をいっぱいためた目で厳然と王女を見返し、クルッと背を向けると、窓辺によっていった。次にクルッとこちらを向くと、その手にはガラスの靴があったのである。


その手際はあまりにもあざやかで、ぼくでさえ少しびっくりしてしまったのだが、王女と王子はもっとド肝をぬかれたらしく、目を飛びださんばかりだった。
姫はゆっくりとガラスの靴を持って、こちらに近づいてきた。
ぼくはあせった。
これを王女にわたしてはいけない。これをわたせば、大変なことになる。
ここでまたまた断っておくが、具体的にどう大変なことになるかのはぼくにもわかっていない。
なにしろ夢なのだから。
姫のさしだしたガラスの靴が、いままさに王女の手にわたるというその瞬間、ぼくは短剣の切っ先をかわし、姫の手からガラスの靴をひったくり反対側の壁に投げつけた。


ガラスの靴は、爆発するように粉々にくだけ散った。
王女は怒った。顔が少し変わったように思う。頭からは湯気さえ立ちのぼっていたかもしれない。
王女は怒って、短剣でぼくを斬りつけた。
ぼくは、それをよけた。
が、ぼくがよけたがために、わが幼き姫は王女の短剣によって斬り殺されてしまった。これが夢の強いところである。映画や物語ならここで姫が殺されるわけないのだが、そうなってしまうのである。
なぜかしらぼくは助かって、また囚われの身となってしまった。
王はさらに足の病が悪化して、もうベッドから起き上がれなくなっているらしい。
ぼくは、姫の仇を討つために王の暗殺をはかる。
どうにかして(夢ゆえよく覚えていない)脱獄したぼくは王が臥せっている部屋の天井裏に忍びこむことに成功した。
すると、天井裏にできたすき間から王が召使いに何かを言っているのが聞こえた。
「どうしても、あれが喰いたい。あれを持ってこい。あれを喰わねば今日は眠れん」 |
『あれ』が何かなのは夢ゆえわかった。
ぼくは、調理場に忍びこみ『あれ』の中に毒を入れた。
これで、王は暗殺できたも同じだ。少し卑劣な手段だが、暗殺できればそれでいいのだ。
と、ここで目が覚めた。