読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

海外ミステリ

トム・フランクリン「密猟者たち」

トム・フランクリンといえば、昨年ハヤカワポケットミステリから刊行された「ねじれた文字、ねじれた路」が話題になった作家なのだが、これは読みかけてノレず一旦手放した。「二流小説家」とあわせてまた読むことになるだろうが、本書はそのフランクリンの…

ジョー・R・ランズデール「ダークライン」

本書は追想の物語なのである。五十代後半のスタンリーが過去の出来事を振りかえる形で物語が進んでゆく。時は一九五八年、十三歳のスタンリーは家族と共にテキサス東部のデューモントという町に引っ越してくる。そこで売りに出されていたドライヴ・イン・シ…

スティーヴ・ハミルトン「解錠師」

幼い頃に悲惨な体験をして、そのことが原因で一言もしゃべれなくなってしまった少年マイクル。彼にはどんな錠前でも開けてしまう特殊な技能と、物事をしっかり記憶してそれを描写する才能があった。高校生になった彼はあることがきっかけで裏の世界とかかわ…

マーティン・ウォーカー「緋色の十字章 警察署長ブルーノ」

舞台はフランスの片田舎。近くに有名なラスコーの洞窟壁画のある風光明媚な村サンドニ。住民はみんなが顔見知りで、誰が何をしたかなんて噂がすぐに村中をかけまわる。主人公である村でただひとりの警官兼警察署長のブルーノはこの村とそこに住む人々を心か…

ジェフ・ニコルスン「装飾庭園殺人事件」

英国お得意のちょっと悪趣味で普通じゃないミステリ。悪趣味といったら語弊があるかもしれない。だってここで描かれる様々な事柄って、人間にはつきものなのだから。それがモンティパイソンに連なるイングランド式ブラックジョークで少し強調されているのが…

アーバン・ウェイト「生、なお恐るべし」

脛に傷もつ身のフィル・ハントは小さな牧場を経営するかたわら、麻薬の運び屋として生計をたてていた。子宝に恵まれることもなく妻と二人細々と暮らしている彼はもう五十四歳、やり直しのきかない人生に諦念を感じていた。しかし、彼はいままで一度も仕事を…

ドン・ウィンズロウ「フランキー・マシーンの冬(上下)」

凄腕だった殺し屋が、いまは現役を引退してサンディエゴで堅気として暮らしている。釣りの餌屋と不動産屋とリネンサービスを掛け持ちし、朝のはやい『紳士の時間』に愛するサーフィンをすることを生甲斐にしている62歳。別れた妻とも良好な関係を結び、愛…

フェルディナント・フォン・シーラッハ「犯罪」

ドイツの高名な刑事事件弁護士である著者による「犯罪」を扱った短篇集である。11篇の短篇が収録されているにも関わらず、200ページ強というコンパクトな内容で、1篇がおよそ10~30ページとすこぶる読みやすい。だがその内容はいろんな意味でかな…

リンウッド・バークレイ「失踪家族」

ホームズ譚の挿話である「ジェイムズ・フェリモア氏の失踪」を例に挙げるまでもなく、劇的な失踪事件というものはミステリの題材として、とても魅力的だ。 本書はそんな不思議でショッキングな失踪事件で幕を開ける。14歳のシンシアが朝目を覚ますと、自分…

インガー・アッシュ・ウルフ「死を騙る男」

死を目前に控えた末期の癌を患う老女が殺害される。椅子に座らされ、喉を一文字に切り裂かれ、顔には奇妙な細工が施されて。やがて広大なカナダを横断する形で、似たような死を目前にした人々の無惨な死体が発見されてゆく。いったい彼らはなんの為に殺され…

真野倫平編・訳「グラン=ギニョル傑作選  ベル・エポックの恐怖演劇」

19世紀末にパリのモンマルトルの丘のふもとにある路地裏で礼拝堂を改装して作られた小さな劇場が産声をあげた。その劇場では犯罪や性的倒錯をテーマにした猟奇的作品ばかりが上演され、夜になるとパリっ子たちは恐怖とスリルを求めてこの劇場に詰め掛けた…

ハル・ホワイト「ディーン牧師の事件簿」

まぎれもなく本作は2008年に刊行された現代を舞台にした短編集であるにも関わらず、一読すればわかるとおり、本格推理黄金期の不可能犯罪趣味が横溢する短編集で、かつてカーやチェスタトンの短編に胸躍らせた人にはなかなか懐かしい仕上がりとなってい…

シャーロット・アームストロング「魔女の館」

負傷して身動きのとれない男性が、気のふれた女によって監禁される話といえば、誰がなんといおうとやはりキングの「ミザリー」が一番有名なのだが、本書はその「ミザリー」よりも二十年も前に書かれた同じシチュエーションのサスペンスミステリーなのである…

ジョー・ウォルトン「バッキンガムの光芒 ファージングⅢ」

〈ファージング〉三部作、堂々の閉幕なのである。思わず唸ってしまうほどの完成度だった。何がどう素晴らしいのか、どこがどうおもしろいのか微に入り、細を穿ち詳しく説明するのが筋なんだろうが、いやあ、それは出来ない相談だ。だって、そんなことをすれ…

キース・トムスン「ぼくを忘れたスパイ(上下)」

このブログでも何度もいってるが、ぼくはスパイ物や冒険小説が苦手なのである。戦記物なんかもちょっと無理だから、軍事物もあまり食指が動かない。でも、そんなぼくが本書は最初から最後までスイスイ読めてしまったのだから、これはそういうジャンルが苦手…

スチュアート・ネヴィル「ベルファストの12人の亡霊」

北アイルランド紛争の当時IRAの兵士として神格化されていたゲリー・フィーガンは、1998年の和平合意以後酒におぼれる日々を送っていた。彼は眠れぬ苦悩の日々を酒で紛らわせていたのである。 それというのも、紛争当時に彼の手によって葬られた12人…

ボストン・テラン「音もなく少女は」

本書を読んでる間中ずっと念頭にあったのは境遇だ。人が生きてゆく上で避けることのできない自分のいるべき場所というものを強く思った。子どもは勿論、親も相手を選ぶことはできない。そんな当たり前のことに激しく動揺してしまう。本書の主人公であるイブ…

キャロル・オコンネル「愛おしい骨」

二十年前に失踪した弟の骨を一つづつ誰かが玄関先に置いてゆく。なんと魅力的な出だしだろうか。それを調査するのはその弟の兄であり、二十年前森に弟を置き去りにした張本人。いったい、そのとき何があったのか?いったい誰がバラバラになった弟の骨を毎晩…

ジョー・ウォルトン「暗殺のハムレット ファージングⅡ」

ファージング第二部である。ナチスドイツと講和条約を結んだ英国の趨勢を描くこの歴史改変シリーズ、本作ではタイトルからも察せられるようにヒトラー暗殺計画の一部始終が語られる。抗えぬ運命に翻弄される人々を描いてファシズムに傾倒していく英国の姿を…

ジョー・ウォルトン「英雄たちの朝  ファージングⅠ」

本書で描かれる世界は、IFの世界である。専門用語でいうところの歴史改変物というわけだ。では、どういう世界になっているのかというと、英国とあのナチスが講和条約を結び戦争が終結した世界になっているのである。ふーん、なるほど、で?それがどうした…

スペンサー・クイン「ぼくの名はチェット」

本書は一応ハードボイルドミステリーの体裁になるのかな?私立探偵と失踪人探しとくれば、やっぱり王道でしょ?しかし、語り手は犬なのだ。だから決してハードボイルドにはならないのである。 タイトルにもなっているチェットが本書の主人公なのだが、これが…

クリスチアナ・ブランド「ジェゼベルの死」

ブランド・ミステリの中では、質量ともに少々小粒な印象を受けるかもしれないが、本書も読んでみればおわかりのとおり、その真相の悪魔的な衝撃で忘れられない作品となるだろう。 ぼくは本書を読んでカーの「妖魔の森の家」と同様の戦慄を体験した。まったく…

マイケル・シェイボン「シャーロック・ホームズ最後の解決」

ホームズ譚はぼくにとってホームグラウンドのようなものなのである。聖典をすべて読んだのは、もう二十年以上前。なのにいまだにホームズはぼくの中で生彩を放って存在している。数々の冒険が懐かしく思い出される。そして、いまではおしもおされぬ大作家と…

ジョー・R・ランズデール「サンセット・ヒート」

ランズデールの素晴らしさを得々と説いていたにも関わらず、彼の長編を一作も読んでなかったのだが、今回ようやく読んでみた。とりあえずなぜかわからないが2004年に刊行されているのにまだ文庫になっていなかったので本書を読んでみた。 舞台は1930…

リジー・ハート「ミシシッピ・シークレット」

なんなんでしょう、これは。どう説明したらいいのかわからない人を食った話なのである。アメリカ南部ミシシッピの田舎町で繰り広げられるなんともオフビートな騒動。老獪で残忍なスパイが暗躍し、作家を志望する常人離れした六人の女性たちがそれを迎え撃つ…

マット・ラフ「バッド・モンキーズ」

ちょっと読んだことのない感じがとても新鮮だった。あまり多くを語れない類の話であり、信用できない語り手の手法を用いて、なんとも見事に読者を翻弄してくれる。 とりあえず、開巻早々からいわくありげな展開になってくるのだ。ホワイトルームで尋問を受け…

ガイ・バート「ソフィー」

この作者のことは一応知っていた。それというのも、いまから十年ほど前にけっこう鳴り物入りで紹介された「体験のあと」という本を読むか読むまいかですごく迷ったことがあったからだ。結局、そのときは見送ったわけなのだが、いまになってその作家の第二作…

ドン・ウィンズロウ「犬の力(上下)」

ドン・ウィンズロウがハードボイルド作家だというのは周知のことだろうが、彼がこれほど冷徹で非情な世界を徹底して描く作家なのだということは誰も知らなかっただろう。なにしろ圧倒的なのだ。何が? 染みわたる暴力と過剰な制裁が。おぼれるほどの暴力と煮…

マルセル・F・ラントーム「騙し絵」

まずおもしろいのがこの本の成立過程。第二次世界大戦時にドイツの捕虜収容所で本格ミステリマニアのフランス人が暇つぶしに書いたミステリだというのだから驚いてしまう。そこで彼は素人探偵ボブ・スローマンを主人公にしたミステリ三作品を書いた。本書は…

ジム・ケリー「水時計」

新人によるイギリス発の正統派本格ミステリなのである。おおまかなアウトラインは以下のとおり。 イギリス東部の町イーリーで、氷結した川から引き上げられた車のトランクから死体が発見される。これが謎に満ちた死体で、頭部を銃で撃ちぬかれた上に首が折ら…