読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2013-01-01から1ヶ月間の記事一覧

泉鏡花「草迷宮」

セラミックの夢しかり。あわい夢でなく、熱病でうなされた時にみるような、追いかけられる夢。 時が澱み、いつも霞がかかっていて、とりとめのない思い出だけが過ぎてゆく。 ただよう匂いは、焚き火の匂い。 少し焦げ臭いが、どこか懐かしく心おちつく匂い。…

山田風太郎「柳生十兵衛死す(上下)」

ぼくがもっている十兵衛像というのは、風太郎忍法帖で培ったものである。愛すべき人物だ。山田氏も愛着があるのだろう。なんせ、彼を主人公に三つも長編を書いているのだから。 本書はその柳生十兵衛トリロジーの最終巻なのである。 だが、そんな特別な存在…

丸谷才一「樹影譚」

たとえば、人は常に考えているものだ。それは些細なことから重要なことまで千差万別だが、大なり小なり頭の中では思考が渦巻いている。それは眠っている間にも夢をみるという形で行われているから、ほんと頭の中というのはちょっとした宇宙なんだなと思う。 …

グリーンバーグ&ウォー編「シャーロック・ホームズの新冒険(下)」

住みなれた家のようでもあり、懐かしい故郷のようでもあるホームズの世界にようこそ。 わくわくする以上にホッとするあの世界。肩をたたいて、またきたよって挨拶するような気軽な世界。 では新冒険、下巻の寸評いってみよう。 「ワトスン博士夫妻の家庭生活…

スティーヴン・キング「1922」

キングの最新刊は、中編集「Full Dark,No Stars」に収録の四編から二編を収録したお手頃サイズ。キングの中編集といえば、まず思いつくのが『恐怖の四季』だ。ここに収録されていた「ゴールデン・ボーイ」を読んだ時は、正直ブッ飛んだ。一般的には併録の「…

グリーンバーグ&ウォー編「シャーロック・ホームズの新冒険(上)」

安心してしまうのだ。ホームズがいるだけですんなりと物語の中に入ってゆける。どうして、こんなにまで親しみを感じてしまうのだろうか。これからも、こういうパロディは数多く書かれるのだろうが、大いに歓迎したい。 本書は、そういう数あるホームズのパロ…

アンリ・トロワイヤ「イヴァン雷帝」

同じ人間のした所業だとは思えない。本書で語られるのは本当の異界の物語だ。 紛争や戦争をしているところがあるとはいえ、現代の世界は概ね平和だ。ぼくが生きている今のこの世の中は間違いなく平和だ。 そして、この平和な世の中があたりまえだと思ってい…

安部公房「人間そっくり」

読んでいるうちに「これぞ、小説だ!」とか「こういうのが読みたかったんだ!」とか「こういう作品を一度でいいから書いてみたいな」などと思ってしまう本にであった時ほどうれしいことはない。 いままでに読んだ本の中では川端康成の「山の音」がそうだった…

綿矢りさ「勝手にふるえてろ」

OL、26歳、B型、処女。それが本書の主人公江藤良香の一番短いプロフィール。彼女は、この歳になるまで男性と付き合ったことがない。彼女には中学の時から想い続けているイチ彼と、現在付き合って欲しいと言われている二彼がいる。 彼女はこの二人の間で…

イレーヌ・ネミロフスキー「フランス組曲」

作者であるイレーヌ・ネミロフスキーは、ロシア革命の時にフランスに亡命してきたユダヤ人であり、第二次大戦の頃、疎開先のブルゴーニュで憲兵に連行され、アウシュビッツで生命を落とした。彼女の夫もまたユダヤ人であったため一年後に連行され同じ運命を…

ピーター・ストラウブ「ココ(上下)」

ベトナム戦争に従軍していたマイケルは戦没者慰霊祭で昔の仲間と再会する。かつての上官だったハリーは、『ココ』を名乗る無差別殺人犯の事にかかりっきりだった。ココの起こした事件の資料を集め自分たちでチームを組んで、従軍時代の仲間だったと思われる…